経済危機の中にチャンスを見いだす零細ベンダ

Sourceforge.jp って,独自に翻訳記事を載せるようになったのね? Open Tech Pressとの棲み分けはどうなるの?
…と思ったら,統合されたのね…

で,そのなかの記事「経済危機の中にチャンスを見いだすOSS」の読書感想文.


エンタープライズに分類されているけれども,あらゆる分野におけるOSSビジネスで,同傾向のことがいえるのではないかなーと思ったりした.


Driver氏はこう発言している。「オープンソースというよりは、小規模ベンダが生き残れるかでしょう。問題の本質としては、会社としての規模が小さいという事実の方が、オープンソース形態(という事実)よりも重要なのです」

同意.本日記の直近エントリでも指摘した通り,市場で生き残れるかどうかは,OSSかどうかは(あまり)関係がない.たぶん.

OSSではなくて,零細かどうか.

もう一方踏み込むと,経済危機の中にチャンスを見いだせるのは,OSSではなくて,(技術力÷間接部門力)の数値が高いベンダではないかなーと思ったりした.そういうベンダは主に零細なので,零細ベンダが経済危機にあっては強いといえるのかなと.


ああ,技術力はいつの世でも重要ね.でも,技術力があればいつの世でも強いというのは,エンジニアが思いがちな幻想ではないかなと思うのね.
数ヶ月前まで好景気だったのは,間接部門力の塊だった派遣会社なり大手SIerなりだったわけで*1
技術力がモノをいう製造業の世界のさらに技術力が要る設計部門でも派遣会社が食い込んでいたのは,特に業界の人でなくても知っている話.


景気のよいときは,コストパフォーマンスが悪かったとしても,売上高が見込める.利益率が悪くても利益は出るので,ある程度のオーバヘッドを許容する余地がある.
しかし,好景気は過ぎ去った.利益率を向上させるためにはコストを削らざるを得ない.
けれども,品質を落とすわけにはいかない.だって品質を落としたら,オフショア先各国企業との価格競争という消耗戦が見えているもの.
零細ベンダに限らず,高コストの日本が生き残れているのは,過剰なまでの品質追求と,その成果であることに疑いを挿む余地はない.

そうすると,間接部門を削らざるを得ない.いや間接部門だって品質を維持するために重要だけれども.どちらを削らざるを得ないという究極の選択を突きつけられたらって話.

経済危機の世の中で,零細ベンダは案外強い(かも).

間接部門を削る方向のとき,零細ベンダは強い.
無論,零細ベンダが意図的にそういう体質を選んだというわけではない.大抵の零細ベンダには戦略なんてありゃしない*2
零細ベンダなんてのは,大抵,間接部門が真っ当な状態にない.総務や経理が居れば上等.そのメンバも実は開発の手伝いをしているなんていう状態にある.
零細ベンダの(技術力÷間接部門力)の値は∞に近い.技術力の高低によらず間接部門力が限りなく0だから.


一方,大規模ベンダは辛い,不況だからって直ちに間接部門を削るわけにはいかない.削るにしても,レイオフに関するコストがかかる.技術力は一朝一夕につくものでもないし,コストもかかる.
さらに間接部門力で維持しているタイプの企業は悲惨かも.まあ好況のときには我が世を謳歌できるのだから致し方無し.


零細ベンダは,偶然にも不況に有利.技術力がある程度あれば,結果として,好景気だったら声なんて掛けてくれなさそうな大企業が,零細ベンダに声をかけて来るという状況が起こりうる.零細ベンダが案外強気だったりする裏には,こういうカラクリがある.

零細ベンダにとってのOSS

ここまで踏まえた上で,やっとOSSが零細ベンダにとっての銀の弾になりうるという話になってくる.
技術力/間接部門力の比率が高いとはいっても,技術力の絶対値は必ずしも大きくない.人月は神話かもしれないが,どんなに優秀な人でも1日は24時間しかない.技術者が少ない零細ベンダが得られる技術力の総和には限界がある.
そこでOSSが意味を持つ.OSSは,少しのcommitで大規模プロジェクト全体の技術力を活用できるレバレッジとなりうる.
ここで,commitが必要であることが実は極めて重要.OSSはタダで入手できるから,commitしてない人(組織)に対して金を払う理由が顧客には無い.commitしたものもタダだから金を払う必要は無いが,「この人(組織)を味方につけておけば,将来,我々にとって有利なcommitをしてくれるはず」という(経済学でいうオプションのような)価値がつく.この辺の考察が甘かったがために沈んで行ったOSSビジネスは少なくない.屍に鞭打つ趣味はないので,具体例は挙げないけれど.

零細ベンダと日本のOSS

残念ながら,日本の政府系OSS予算は,初期の段階で,大規模な電機系メーカや大規模なSIerに顔を向けてしまった.自治体や近隣諸国にも目は向けたが,バックエンドは誰もが知っている大企業群である.*3

そういう中で,零細ベンダにとってのOSSの意義という側面での研究が,なおざりになってしまったのではないか.中小企業庁とか,IPAなら未踏の部署とか,IPA/OSSセンター以外にもこの手の研究を期待できるセクションはあったのだと思うのだけれど,なんだかんだ言って縦割りだからねぇ.不況が長期化しそうな今になってみて,日本のIT/ET業界にとっての不幸だったのではないかという気もする.

バラにはトゲもある.

ともあれ,薔薇色の未来が,OSS零細ベンダには,ある.…嘘.薔薇色なら,みんなスピンオフしているはず.バラにはトゲもある.


「たとえばFortune 10に名を連ねる某企業は、弊社の製品をかなりの長期間実務に供していますが、その間に弊社には1セントたりとも支払われていません」
引用の文脈では,サポート無しでも顧客が運用できてしまうことをリスクとして挙げている.けれども,たとえ某企業が買ってくれたとしても,零細ベンダはリスクにさらされる.


企業というものは,規模が大きくなればなるほど,支払までのサイトが長くなる傾向がある.零細ベンダは中抜き企業を目の敵にする傾向があるけれども,実際には,それらの中抜き企業が支払いサイトに対するバッファになっていることが多い.たとえば,中抜き経由なら末締翌月払だったものが,直なら末締5ヶ月後払になるとか.中抜きが無い分だけ利益は上がるかもしれない.支払サイトが伸びたとしても,恐らく市中利回りを超える益があるだろう.しかし,短期的な資金繰りの悪化は避けられない*4先週末,地下鉄に乗ったら,売店の夕刊タブロイド紙に「黒字倒産」の文字が浮かんでいた.債権はあるけれども現金がショート.まさに典型的な黒字倒産のリスクが,今みたいな世情の零細ベンダにはつきまとう.
支払条件に関しては,営業的な交渉の余地は大抵あるものだが*5,先に述べた通り間接部門力が弱いのが零細ベンダなのだから,交渉が上手くいくと期待するのは矛盾する.
零細ベンダが強みを発揮するのが不況だとしたら,同じく銀行も不況だし市場も不況だ.短期的な資金を集められると期待するのは矛盾する.


そんなわけで,零細ベンダの少なからずも淘汰されてしまうのだろう*6けれど,どちらかといえば,不況は零細ベンダにとって有利なのだろう,きっと.
不況にあって仕事が増える可能性があるという構図は,明らかに有利だ.仕事が無ければお話にならない.
資金繰りや営業など間接部門力の増強に必要な費用と,増えた仕事の対価の入金とのタイミングさえ合えば,零細ベンダが一気に拡大する可能性は残されている.



とはいっても,そうやって拡大した零細ベンダは,間接部門力の増強により零細ベンダでは無くなり,不況への耐性を失い,新興の零細ベンダに射されることになるのやもしれないが.
不況ネタではないけれども,かつてジョエル・スポルスキーがメソドロジーを用いて喝破したように


以上,読書感想文.

*1:ああ,どの派遣会社も,一種の求人/営業/広報活動として技術研究的な部署を持っていたりはしますね.

*2:自虐

*3:私個人を顧みると零細ベンダに所属しながらもIPAのお世話にはなりっぱなしだし,政府系OSSプロジェクトの委員もやったし,といった案配で,お前が言うなって気も我ながらするのだけれど.TOPPERSという存在があった私は,間違いなくレアケース.

*4:売掛債券の流動化は,銀行たちの内輪揉めのせいでまだ先が見えていない

*5:特に零細ベンダ側に独自の技術がある場合.

*6:他人事ではない.