革新的ソフトウェア企業の作り方

このご時世のせいか,はたまたそういうトシなのか,同業から相談を受ける機会が増えた.

書評

起業したい病

雑談をしていると「自分もやっぱ起業するべきだと思うのですよね」というエンジニアが,結構いる.私への世辞か何かが半分なのだろうけれど,もう半分は選択肢の一つとして検討したいというのも見え隠れする.
あまりに多いので,最近はFAQの答えが不随意反射で出てくる.
「起業してもいいだろうけれど,その時点でエンジニアとしての成長は止まるよ.その覚悟ある? たぶん嫌だろうから,自分が信じられる会社を探すほうがよいと思うよ」

つまり,こういうこと.


起業家は例外なくたくさんの役割を果たす必要がある。小さなISVを始めるにあたってのTODOリストは、長くて雑多なものだ。コードを書き、コーヒーを買い、弁護士に電話し、メールをチェックし、ゴミを出す。ある日には自分の作った製品のインストールがなぜ次期Windowsのベータ版で失敗するのか調べている。次の日には、賃金税の支払をしなければならない。7年経った今でも、そういったタスクがいかに多様であるかにはしばしば驚かされる。
私の起業は2000年の秋だから,もう8年は過ぎた.でも,いまだにしばしば驚かされる.

ご利用は計画的に…いかなかった病.

こちらは同業っていうよりも資本的には元請けに当たりそうな大きなベンダが多く.割とフォーマルに呼ばれることも多い.典型は,「やはり今後は組込みシステムだろうということで,部門を立ち上げた*1が昨今の不況もあって苦戦している.御社は人数や資本が少ないのに広範囲で一定の成果を挙げている.コツを教えて欲しい」っていう感じ.「戦略的協業や買収も視野に」とか言い出す会社もあって,なんだか本当に困っているのだなぁと同情する.反面,うちを買うような戦略の建て方しかできない会社と一緒にやっても,心中という未来しか描けないよ,と密かに思ったりもする.言わないけれど.

つまり,こういうこと.


ニッチの良いところは、大きなベンダに対して比較的安全であるということだ。大きなベンダにとって、小さなマーケットセグメントを追いかけるのはあまり現実的ではないのだ。
小さなISVの経営者が,大きなベンダの苦境を助けられるはずはないのだ.これは経営力や経験の多寡ではない.大きなベンダが扱いたがらない製品分野にフォーカスし,コツコツとシェアを確保したり破壊的イノベーションをしかけたりするのが小さなISVにとっての最適な生き方であり,大きなベンダは小さなISVから何かを学び取るなんてことはできやしない.敢えて学ぶなら,その前に自らを解体する必要がある.日本のITゼネコンや人材サービス会社には,それをするだけの動機や勇気は無いだろう.

処方箋

Eric Sink on the Business of Software 革新的ソフトウェア企業の作り方

Eric Sink on the Business of Software 革新的ソフトウェア企業の作り方

これもジョエル・スポルスキーのフォロア的な本.
まだ1章の途中までしか読んでいないけれど,もうこの時点で★5つ.(少なくともソフトウェアに関して言えば)スタートアップ時に必要とされるタスクには大差がないことが推測できる.だって,イリノイ州で起業し全米はおろか日本にまで名前が知られる開発ツールベンダになったSourceGear社と,日本の組込み業界という垂直ドメインで小さくやっている私とで,やっていることに大差が無さそうだから.ああ,もちろん著者が大成功し私がイマイチな理由はどこかにあって,それはビジネスをする上での真髄のはずなのだけれど,残念ながらそれは書いていない.まあそこまで著者に期待するのは僭越が過ぎるというものだろう.

起業すべきかどうか,人に相談する程ではないが,指針を持てない.そういう人には是非お奨めする.
Ericはビジネスでも成功した人だから,やればできる的な立場が貫かれているけれども,そこには眉に唾を塗って! その上で,小さなISV*2に対して自分をどう位置づけるかを考えるのは,このご時世では,たぶん有用だ.

また,なんであの会社は零細のくせして派手な成果を挙げられるのだ? と不思議に思う大きなベンダにお勤めの方々にもお奨めする.私が"自らを解体する必要がある"という意味がよく判るだろう.この本に書いてあることの大半は,小さな組織でなければできやしない.

ソフトウェア工房 - ちいさなISVという生き方

他の国のことは知らないが,この国では,まだまだベンチャー信仰が根強い.総務省が提供している「事業計画作成とベンチャー経営の手引き」紹介ブログホッテントリ入りしたので覚えている人も多いだろう.あれは,キャピタリストと上手くつきあって上場exitするのが手引き範囲でのゴールとなっている.まあ,あの手引き自身はよくできているところもあるし,作成者の大人事情も知らなくもないので,噛み付くつもりもない.ここでは上場こそが善,という単一的な考え方の据えた匂いのみを取り上げたい.

IPA未踏事業でも,ベンチャー信仰は強い.

IPAの西垣氏は「未踏でスーパークリエータに認定された技術者が3人Googleに就職したが,それはいいことだと思っている」と話す。「彼らには何年かして日本で起業して欲しい。そこまでのステップを踏まないと新しい流れは生まれない」(西垣氏)
最近のプレスリリース的には,"はてな"や"サイボウズ・ラボ"といった,割と小さなISVっぽいところも例示に含まれるようになったが.

採択者の声も,こんな感じだ.


それどころか、現在のところ、未踏のスーパークリエイターで真に社会的・経済的な成功者と成っている者は皆無である。それはつまり日本にGoogleMicrosoftのように成功したベンチャー企業がまだ産まれていないということが端的に示している。

しかし,Ericの見方は違っており,私もEricの考え方に近い.


私は小さなISVについて書くのが好きだが、それは私自身小さなISVで働いているからだ。今日チャンスがあるのは小さなISVだと思っている。この点についてみんなが同意する訳ではないことは知っている。:-)
私が言っているのは、今がみんな期待をリセットすべきときじゃないかということだ。バブルの頃、私たちの努力は大きな会社を早く作ることに向けられていた。LINUX*3みたいな会社が初日に130億ドルの評価額になるのを目にして、私たちの考え方は急速に変わっていった。小さな私企業がそういうレベルの興奮を作り出すことは不可能だ。そして私たちは小さな会社を見下すようになった。
2003年の今、バブル時代のもので生き残っているものはわずかだ。LINUXは価値の99.7%を失った。同様の結果になった例は何十と挙げることができる。実のところ、バブル時代から残っている数少ないものの1つに、広く行き渡った小さな会社に対する軽視がある。
Ericは2003年の段階で喝破した.無茶な興奮を求めすぎて製造業もICTもハチャメチャな2009年現在.日本のベンチャー市場(NEOと名指しはしないが)に上場しているICT企業たちの株価は目を覆わんばかり.
日本のベンチャー育成を担うリーダーたちは,彼の意見を喝破しかえせるのだろうか.

*1:リッチな企業の場合は「買収した」という場合もある

*2:自社のソフトウェア製品を持ち自己資本を重視した経営を行う,独立系ソフトウェアベンダ.

*3:Sourceforge Inc.のNASDAQコード