"「すり合わせ」の神話"の錯誤

話のマクラ

池田信夫氏の,今度のトンデモターゲットは,"組み擦り"らしい.トロンには飽きたのですかね.


いわゆる"組み擦り"議論は一人歩きして,盲目な礼賛者(国粋主義者に多い)と,極端な擦り合わせ否定論者(何かとグローバルスタンダードを口にする奴に多い)のオモチャになりがちなのだけれど.


トヨタが没落したかどうかは,ここでは扱いません.バリュエーションをする能力もないですし.

たぶん一般論*1

全ての製品は,モジュール化,コモディティ化する流れにあります.自動処理・大量生産による生産性向上が富を生む鍵である現代社会では,この流れは必然とも言えます.
ステマティックイノベーションが起きたとき,稀に逆流するし,一部の嗜好品については流れが止まることもなくはないですが.
ここまでの話は池田氏の発言とほとんど同じ.私は経営学者ではないけれども,おそらく異を唱える研究者はいないだろうと思います.


では,なにが問題なのか.私が思うのは2点.まず,ここまでの話しかできない学者って何なの? ってことですよ.もう1点は,最後に書きます.


今日びの経営学者は,そんな低いレベルの話はとうに終えているわけです.


彼らの興味は,例えば,こんな感じのものです.

インテグラル(擦り合わせ)型の製品にモジュール化の波が押し寄せたとき,その中で何が起こるか,モジュール化されたコンポーネントはモジュールで作れるだろうか.

直感でわかると思いますが,多くの場合,否です.
だいたい,モジュールの組み合わせで作れると看做されているものならば,最初からインテグラル型の製品になるわけがないわけですよ.
水平分業が進む一方,各モジュール内でのインテグラル開発の余地は残るわけです.粒度が小さくはなりますけれど.
よく例示されるのが電子レンジの部品でして,今や電子レンジは東南アジアの零細企業でも作れますけれど,コアコンポーネントは日本製だったりするわけです*2

モジュールの中でインテグラル開発をしていたとき,システマティックイノベーションが起きたときのリスクとそのヘッジをどう考えればよいか.

ステマティックイノベーションっていうのは,製品全体の革新です.
例えば,ガソリン自動車から電気自動車への革新.点火プラグのメーカは,日夜インテグラル開発を行っているはずですが,電気自動車になってしまえば,その膨大な知的財産は無駄になりかねません.
こういうリスクをどう考えて行くか,というのが,経営学上の(もちろん実践的な経営の上でも)重要視されています.


こういった話でよく例示されるのは,HDD磁気ヘッドにおけるTDK,自転車部品におけるシマノ,って辺りですかねぇ.


さきほど"今日びの経営学者"と書きましたが,シマノの例示は"組み擦り"議論の原典的存在である藤本氏の「日本のもの造り哲学」でも出てくる古典的な例だったりします.

日本のもの造り哲学

日本のもの造り哲学

まあ,ロクに本も読まずに批判なさっているってことでしょうなぁ.トロンのときもそうだったもんなぁ….


で,問題に思っている事の2点目.


だから好むと好まざるとにかかわらず、日本人はこれから最も苦手とするグローバルな水平分業に適応しなければならない
しかし私は、このハンディキャップは宿命的だとは思わない。戦前の日本では、勤続3年以下の「短期工」が半数を超え、流動的な労働者の分業体制で製造が行なわれていた。
(強調は私が変更しました)


どう"適応"するかについては複数の戦術が取り得るわけだけれども,後半の短期工の例示から,現在の東アジアや東欧のような労働環境が暗示されていると読めますね.
しかし,経営学者の言っていること,またその論拠となっている実在企業の分析によると,別に"日本人はこれから最も苦手とする"ものに過剰適応する必要なんてさらさらない可能性もあります
コアコンポーネントだけガッチリ握って,他の人に売るというのは典型的な戦術です*3
自動車が没落*4."擦り合わせ"といえば自動車.だから"擦り合わせ"はダメ.というのは,あまりにも短絡的っていうか…ですよね.小学生じゃないのだから.


池田氏のブログは大変勉強になります。 なんていうトラバも有るようですけれど,せっかくなんで,もう少し勉強を進めると,いろいろ見えてくるのではと思ったりします.

かなり私見

だいたい,昨今の不況で真っ先に路頭に迷っているのが(法的には)勤続3年以下のはずの派遣労働者という名の短期工だっていうのに,戦前の日本を持ち出して「宿命的だとは思わない」と言えちゃう心の構造がよくわからないですね.
戦前の日本が,現在と比してパラダイスだったのなら,まあ持ち出すのもわからなくもないですが.寡聞にしてそんな話は知りませんし.


それと,現在の東アジアや東欧のような労働環境と同じ闘いしても勝ち目がないっていうのは,ここ20年間の下町零細製造業の壊滅で身にしみているはずですよね.
学校に籠っていると,現場のことはわからないのかしら.


最後に断っておきますが,私は擦り合わせ礼賛者ではありません.
ソフトウェア品質の論客として著名な西康晴氏がしばしば用いる「融合と癒着は違う」という言葉が暗示する通り,行き過ぎた(もしくは無節操な)擦り合わせは,商品の信頼性や魅力を削ぐこととなり,開発コストを上げ,市場における競争力を失います.これも,"組み擦り"系の研究者がしばしば指摘するところです.

*1:トラックバックは承認制だそうで,どうせ承認されるはずもないので打たない.

*2:"組み擦り"との直接の関係はないですが,地域経営系では,地場の対外競争力を確保する最小セット「マニュファクチャリング・ミニマム」という考え方があります.地方の(東京大阪でも下町の)企業は既に下請けとしてモジュール単位での開発を行っており,ある意味先を行っているのかもしれません.

*3:ただし,そうやって逃げて行くことで首が絞まって行くというケースもありえます.これも経営学の教科書的な話題ですが,今回は関係ないので省きます.

*4:繰り返しますが,没落したのかどうかは私には判りません.